飲食店の損益分岐点:売上と利益の鍵を握る最重要指標
1. 損益分岐点とは何か?
損益分岐点とは、売上高と総費用がちょうど等しくなり、利益がゼロになる点を指します。つまり、「これ以上の売上があれば利益が出始め、これ以下の売上だと赤字になる」という売上高のラインです。
この点を正確に把握することで、飲食店は以下の経営判断を下すことができます。
- 目標売上の設定: 少なくとも損益分岐点以上の売上を目標にする。
- 価格設定の妥当性: 提供するメニューの価格が適切か。
- コスト管理の必要性: 固定費や変動費をどこまで抑えるべきか。
- 経営戦略の策定: 新規出店やメニュー改定の判断材料とする。
2. 損益分岐点の構成要素
損益分岐点を理解するには、まず費用を大きく二つに分ける必要があります。
2.1. 固定費(Fixed Costs: FC)
売上の増減に関わらず、常に発生する費用です。
- 家賃: 店舗を借りている限り発生します。
- 人件費: 正社員の給与など、売上が少なくても固定でかかる費用(アルバイトのシフトが売上によって変動する場合は変動費)。
- 減価償却費: 厨房機器や内装などの設備投資を費用化したもの。
- リース料: 機器などをリースしている場合の月々の支払い。
- 広告宣伝費(固定部分): 月額固定の契約料など。
- 保険料: 店舗や従業員にかける保険料。
- 水道光熱費(基本料金部分): 使用量に関わらず発生する基本料金。
2.2. 変動費(Variable Costs: VC)
売上の増減に比例して変化する費用です。
- 食材費: 料理を提供するごとに発生する費用。
- ドリンク原価: ドリンクを提供するごとに発生する費用。
- アルバイト人件費(変動部分): 売上に応じてシフトを増減させる場合の給与。
- 消耗品費: ナプキン、割り箸、洗剤など、売上に応じて使用量が増えるもの。
- 水道光熱費(使用量部分): 使用量に応じた変動部分。
- 販促費(変動部分): 売上の〇%を広告費に充てる場合など。
3. 損益分岐点の計算方法
損益分岐点売上高を計算するためには、「限界利益」という概念を理解する必要があります。
3.1. 限界利益(Contribution Margin: CM)
売上高から変動費を差し引いた利益のことです。この限界利益が、固定費を回収し、さらに利益を生み出す源泉となります。
- 限界利益 = 売上高 - 変動費
- 限界利益率 = 限界利益 ÷ 売上高 × 100(%)
3.2. 損益分岐点売上高の計算式
損益分岐点売上高は、以下の式で計算できます。
損益分岐点売上高=限界利益率固定費
例:
- 固定費: 50万円
- 売上高: 100万円
- 変動費: 30万円
- 限界利益: 100万円 - 30万円 = 70万円
- 限界利益率: 70万円 ÷ 100万円 = 0.7 (70%)
- 損益分岐点売上高: 50万円 ÷ 0.7 = 約71.4万円
この例の場合、月71.4万円以上の売上があれば利益が出始め、それ以下だと赤字になることがわかります。
4. 損益分岐点を改善するための戦略
損益分岐点を下げる(=より少ない売上で利益が出るようにする)ことは、経営の安定性を高める上で非常に重要です。以下の3つのアプローチが考えられます。
4.1. 固定費を下げる
固定費は売上に関わらず発生するため、削減できれば経営が大幅に楽になります。
- 家賃の交渉・移転: 最も大きな固定費の一つ。可能であれば交渉したり、より家賃の安い場所への移転を検討する。
- 人件費の見直し: 正社員の配置や、多能工化による効率化。無駄な残業の削減。
- リース契約の見直し: 不要な機器の解約や、より安価な契約への切り替え。
- 業務のIT化・効率化: 予約システムやPOSレジの導入で、人件費を削減。
- 保険料・通信費の見直し: 定期的に契約内容を見直す。
4.2. 変動費を下げる
変動費は売上に比例するため、利益率を直接的に改善します。
- 食材原価の削減:
- 仕入れ先の見直し、複数業者からの見積もり比較。
- 共同購入や大ロット購入によるコストダウン。
- 旬の食材や国産品を活用し、仕入れ価格が安定しているものを選択。
- ポーション(一人前の量)の見直し。
- フードロスの削減(食材の使い切り、適切な在庫管理)。
- ドリンク原価の削減:
- 仕入れ価格の交渉。
- グラスワインのポーション見直し。
- 売れ筋ドリンクの原価率をチェック。
- 消耗品費の見直し: 安価で品質の良い代替品を探す。
4.3. 限界利益率を上げる(売上単価を上げる)
客数を増やさなくても利益を増やせるため、最も効果的な方法の一つです。
- メニュー単価の引き上げ:
- 原価率の高いメニューを見直す、または値上げを検討する。
- 他店との差別化要素や、サービスの質向上をアピールし、単価アップを正当化する。
- 高単価メニューの販売強化:
- 客単価の高いコース料理や、原価率が低く利益率の高いドリンク(例:ハウスワイン、オリジナルカクテル)の推奨販売。
- サイドメニューやデザートの注文を促す(アップセル、クロスセル)。
- 付加価値の提供:
- サービス品質の向上、特別な体験の提供(例:シェフによる説明、ペアリング提案)。
- テイクアウトやデリバリーなどで新たな高付加価値商品を提供する。
5. 損益分岐点管理の注意点
- 定期的な見直し: 損益分岐点は、固定費や変動費の変動、売上構成の変化によって常に変動します。少なくとも四半期に一度は計算し直し、現状を把握しましょう。
- 正確な費用分類: 費用を固定費と変動費に正確に分類することが、損益分岐点計算の精度を高める上で不可欠です。あいまいな場合は、どちらの要素が強いか、あるいは按分して計算することも検討します。
- 目標利益の考慮: 損益分岐点は利益ゼロの地点です。実際の経営では、目標とする利益を確保するための売上高(目標利益達成売上高)も設定することが重要です。
- 目標利益達成売上高 = (固定費 + 目標利益) ÷ 限界利益率
まとめ
飲食店の損益分岐点は、単なる数字ではありません。それは、貴店の経営状態を映し出す鏡であり、未来を計画するための羅針盤です。この指標を深く理解し、固定費の削減、変動費の最適化、限界利益率の向上という3つのアプローチを常に意識することで、厳しい飲食業界の中で安定した経営基盤を築き、着実に利益を上げていくことが可能になります。
定期的な分析と柔軟な戦略で、貴店の飲食店経営を成功に導きましょう。